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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1843号 判決 1974年5月29日

控訴人 今清水一雄

控訴人 今清水亜積

右両名訴訟代理人弁護士 岸野順二

同 渡辺昭

被控訴人 二葉康正

右訴訟代理人弁護士 桜井公望

同 服部邦彦

被控訴人 光信用金庫

右訴訟代理人弁護士 桜井公望

主文

本件控訴を棄却する。

原判決主文第二項中「一ヵ月金三〇、〇〇〇円」の前に「各自」を加える。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人二葉康正の請求を棄却する。控訴人今清水一雄に対し被控訴人二葉康正は原判決添付目録記載の土地建物が、被控訴人光信用金庫は右土地が同控訴人の所有であることを確認する。控訴人今清水一雄に対し被控訴人二葉康正は、右土地建物につき東京法務局城北出張所昭和四四年二月一二日受付第七六五三号をもって同被控訴人のためになされた同月一〇日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をなし、被控訴人光信用金庫は、右土地に対する右抹消登記手続を承諾せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加するほか、原判決事実欄の記載(原判決六枚目裏七行目から七枚目表九行目までを除く。)と同一(ただし、原判決四枚目裏二行目から七行目の「(二)」までを削り、八枚目表三、四行目の「一〇九九号」、四行目の「一〇九九号」、一〇行目の「四二六九号」、一一行目の「一〇九九号」、同裏七行目の「一〇九九号」の次にそれぞれ「事件」を加え、八枚目表六行目の「山内孝平」を「内山孝市」と改める。)であるから、これを引用する。

(被控訴人らの主張)

一、キクが原判決添附目録記載の土地建物(以下、「本件土地建物」という。)について、自己名義に所有権移転登記を経由した当時、控訴人一雄は他の女性と性的関係があり、小学校六年の長女を頭に幼児三人を抱えたキクが我が身や子供の将来を思い悩み、さりとて離婚に踏切る決心もつかないところから、自分の生活の基礎を確保する手段として、一家の財産である本件土地建物の贈与を控訴人一雄に要求することは、当然のことであった。

一方、同控訴人としても妻子をそのような不安に陥れたことについて、それよりの精神的苛責を感じていた筈である。

このような事情を考えるならば、同控訴人が、キクからの贈与の要求に対し「勝手にしろ。」と答えたことは、自分としては本来その必要性は認めないが、相手がそれで安心するなら承知するという意味をもつもの、すなわち贈与を承諾したものと見るべきである。

二、仮に控訴人一雄のした贈与の意思表示が同人の真意ではないとしても、右意思表示は、心裡留保に当るものとして有効であり、右の事情からすれば、キクは、同控訴人の真意を知らなかったものというべきである。

三、仮にキクが控訴人一雄の真意を知り又は知ることができたことによって本件贈与が無効であるとしても、同控訴人は、善意の第三者に対しては、民法第九四条第二項の類推適用により、登記名義人であるキクが所有権を取得しなかったことをもって対抗することができないと解すべきである。そして、被控訴人二葉は、キク名義の登記を信頼し、本件土地建物が名義人であるキクの所有であると信じてこれをキクから買受けたのであるから、善意の第三者に当るというべきである。

四、以上の主張がいずれも理由がなく、本件土地建物に対するキク名義の登記が、同人において控訴人一雄の印を偽造の上なした無効のものであるとしても、真実の所有者である同控訴人が、キク名義の不実の登記がされていることを知りながらこれを存続せしめることを明示又は黙示に承認していたと認められるにおいては、前同様民法第九四条第二項の規定を類推適用して善意の第三者の保護を計るべきである(最高裁判所昭和四五年四月一六日、同年九月二二日各判例参照)。

本件において、キクは、本件土地建物について贈与による所有権移転登記を経た後、権利証を控訴人一雄に見せているし、また、同控訴人は、本件土地建物に対するキク宛の固定資産税納付通知書を見ているから、本件土地建物がキク名義に登記されていることを当然知っていたものである。

更に、本件土地建物のうち、土地については、控訴人一雄がこれを買受けた当時、高田徳孝からの強制競売申立の登記と千住信用組合の根抵当権設定登記が存していたから、同控訴人としてこれらの登記の運命については当然関心があった筈であり、従って、登記簿を調べて本件土地建物がキク名義に移転登記されたことを知る機会は十分あったと考えられる。

しかるに、同控訴人は、キク名義の右登記を約一六年の長きにわたり放置しておいたのであるから、これは不真実の登記の存続を明示又は黙示に承認したことにほかならない。そして被控訴人二葉は、前述のように善意であったから、控訴人一雄は、本件土地建物が名義人キクの所有でないことをもって同被控訴人に対抗することはできず、従って、本件土地建物の所有権は、同被控訴人とキクとの売買によって同被控訴人に移転したのであり、被控訴金庫は、被控訴人二葉との契約によって本件土地建物のうちの土地について抵当権の設定を受けたのであるから、この抵当権も有効なものである。

(控訴人らの主張)

一、控訴人一雄は、キクから、本件土地建物をキク名義にする、と言われたことも、これに対し「勝手にしろ。」と答えたこともないのであるが、仮に右のような問答をした事実があるとしても、同控訴人は、その時酒に酔って寝ていたのであるから、このような状態にあった同人が右のように答えたことは、なんら贈与の意思を表示したことにはならない。

二、仮にそれが贈与の意思表示に当るとしても、控訴人一雄に贈与の意思は全くなかったのであるから、右意思表示は、同控訴人が真意でないことを知ってなしたものであり、キクは、その時の状況から同控訴人の真意を知り又は知ることができたのであって、このことは、キクが同控訴人の印を偽造し、同控訴人に隠れて登記手続をしたことからも明らかである。従って、右意思表示は無効である。

そして心裡留保を規定した民法第九三条は、同法第九四条第二項のような善意の第三者を保護する規定を殊更欠いており、このことからすれば、民法は、両法条の間に差異を設けているものと認められるから、心裡留保については、同法第九四条第二項の類推適用を認めるべきではない。しかも、被控訴人二葉は、後述のように到底善意であるとはいえないから、いずれにせよ、同法第九四条第二項の類推適用を認める余地はない。

三、控訴人一雄は、キクから本件土地建物についてのキク名義の権利証を見せられたこともなければ、キクに宛てた固定資産税の納付通知書を見たこともなく、本件土地建物がキク名義に登記されていることを全く知らなかったのである。

このことは、同控訴人が、本件土地建物のうち建物について昭和三一年から昭和四二年までの間に四回にわたって大幅な増築を行なっていることからも窺われるのである。

ところで被控訴人ら引用の判例は、不実の登記をされた者が事後にこれを積極的に承認した場合に関するものであるから、不実の登記の存在を知りながら、その抹消を怠ったという単純な不作為の場合に、安易に民法第九四条第二項を類推適用することはできない。まして本件のように、真実の所有者が不実の登記を承認したことはおろか、それが行なわれたことすら知らなかった場合には尚更である。

四、仮に本件について右条項の類推適用が許されるとしても、本件土地建物がもと控訴人一雄の所有であったことは、登記簿上明白であり、被控訴人二葉は、同控訴人が世帯主として家族とともに右建物に居住することを熟知していたのであるから、同被控訴人は、本件土地建物の真実の所有権が名義人のキクにではなく、控訴人一雄にあることを知っていたものというべきである。従って、同被控訴人は、キクとの売買によって本件土地建物の所有権を取得することはできず、右土地について同被控訴人との契約により設定された被控訴金庫の抵当権も無効なものである。

(証拠関係)<省略>。

理由

一、本件土地建物がもと控訴人一雄の所有であったこと、右土地については昭和二八年一一月二四日、右建物については同年一一月二六日同控訴人から今清水キクに対し同控訴人主張のような所有権移転登記が、右土地建物については昭和四四年二月一二日キクから被控訴人二葉に対し同控訴人主張のような所有権移転登記が、右土地については前同日被控訴金庫のため同控訴人主張のような抵当権設定登記がそれぞれ経由されていることは、当事者間に争いがない。

二、そこでまず、被控訴人らの主張する贈与の事実の有無について判断するに、<証拠>によれば、本件土地建物がキクの所有名義に登記されるに至った事情は、次のとおりであったことが認められる。

キクと控訴人一雄は、昭和一六年に婚姻した夫婦であり、同控訴人は、昭和二七年一一月本件土地を買受け、同年一二月頃その地上に本件建物を建てて所有するに至り、同控訴人の一家は、その頃従前の住居から本件建物に移った。

同控訴人は、仕事の関係で飲酒して帰宅することが多かった上に、本件建物に移転する前後頃から行きつけの居酒屋の女性と肉体関係を生じ、これらが原因となって夫婦間には争いの生ずることがしばしばであった。

当時小学校六年の長女を頭に三人の幼児を抱えていたキクは、右のような家庭の状況から、我が身と子供の将来を不安に思い、この不安を少しでも取除くため、一家の財産である本件土地建物を自己名義に登記しようと思い立ち、昭和二八年一一月いつものように飲酒の上帰宅した控訴人一雄に対しかねての思いどおり本件土地建物を自分の名義にすると申し向けたところ、同控訴人からは、「勝手にしろ。」との答えが返ってきた。

そこで、キクは、日頃保管していた控訴人一雄名義の本件土地権利証と同人に無断で作った同人名義の印とを利用して、冒頭認定のように本件土地建物についてキク名義に贈与による所有権移転登記を経由(建物については未登記であったため、一旦控訴人一雄名義に保存登記を経た。)し、その直後本件土地建物に対するキクの名義の権利証を同控訴人に示したところ、同人は、キクの所為を怒ったものの、誰の名義にしておいても同じこと故構わない旨の言葉を吐いたに止まった。

以上のとおり認められ、成立に争いのない乙第二号証の二、原審における証人今清水キクの証言により成立の真正を認め得る甲第三号証、原審及び当審証人今清水キク、原審証人今清水和代の各証言並びに原審及び当審における控訴人一雄尋問の結果のうち、右認定に牴触する部分は、前掲各証拠に照らし信用することができず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

被控訴人らは、控訴人一雄が右のように「勝手にしろ。」と答えたことをもって本件土地建物の贈与を承諾したものと主張する。

しかし、当時は、控訴人一雄が本件土地を買受けてそこに本件建物を建築してからわずか一年位い後のことであり、しかも弁論の全趣旨によれば、同控訴人は、本件土地建物以外に見るべき財産を有しておらず、また、キクとの夫婦仲も前述のように良くなかったのであるから、たとい同控訴人に女性関係の弱味があったとはいえ、同控訴人が本件土地建物をキクに贈与する意思で「勝手にしろ。」と答えたとは認め難く、むしろその言葉は、前後の状況から見て、単にその場の行掛り上発せられたものにすぎず、これを贈与の意思表示と解することは、できないものというべきである。従って、被控訴人ら主張の贈与の事実は否定せざるを得ず、また、前認定にかかる控訴人一雄の発言が贈与の意思表示に当るものとすることを前提とする被控訴人らの心裡留保の主張も、理由がない。

二、進んで、被控訴人らの虚偽表示の主張について、判断する。

思うに、不動産に関する不実の所有権移転登記が所有者の不知の間に他人の専断によってされた場合でも、所有者が右不実の登記のされていることを知りながらこれを明示又は黙示に承認していたときは、民法第九四条第二項を類推適用して、所有者は、その後当該不動産について法律上利害関係を有するに至った善意の第三者に対して、登記名義人が所有権を取得していないことをもって対抗することができないものと解すべきである(最高裁判所昭和四五年九月二二日判決、民集二四巻一〇号一二二四頁参照)。

これを本件について見るに、前記認定したところによれば本件土地建物に関する控訴人一雄からキクへの所有権移転登記は、同控訴人の意思に基づくものでなく、キクの専恣によるものではあるが、同控訴人は、右登記手続の直後、キクから本件土地建物に対する同人名義の権利証を見せられて右土地建物がキクの名義に登記されたことを知悉し、かつ、この名義の変更を容認していたのであり、しかもキク名義の登記は、その後約一六年の長きにわたりそのまま存続し、その間権利証もキクにおいて保管し、同控訴人は、キクの夫として同居しておりながら、固定資産税もキク名義で支払われているまま放置していた(これらの事実は、原審における今清水キクの供述により認められる。)のであって、かような事実を総合考察すると、控訴人一雄は、該登記の存続を承認していたものと認めるほかない。当審における控訴人一雄の供述により真正に成立したものと認める乙第一〇号証の二と該供述によると、同人が右の期間に本件建物を増築したことは認められるが、この事実をもっても、右認定をくつがえすに足りない。その他同控訴人の原審及び当審における供述中これに反する部分は、信をおくことができず、他に右認定をくつがえすべき資料はない。従って、同控訴人は、本件土地建物にその名義人であるキクから買受けた善意の第三者に対しては、キクがその所有権を取得していないことをもって対抗することができないものというべきである。

そして、原審における被控訴人二葉尋問の結果により成立の真正を認め得る甲第一号証と当審における右尋問の結果によれば、同被控訴人は、昭和四四年一月二五日本件土地建物にキクから買受けて同年二月一〇日代金を完済したこと、同被控訴人は、右買受に当り登記簿を調べたところ、右土地建物はキク名義に登記されており、キクとの売買の交渉過程においても、同人の所有であることに疑念を生ずるような点は感じられなかったので、右土地建物は、登記簿の記載どおりキクの所有であると信じたことが認められ、この認定を妨げるべき明確な証拠は存しない。ただ、原審における被控訴人二葉尋問の結果によると、同人が本件土地建物を買受けた価額は七五〇万円であって、時価より若干低廉であることが認められないではないが、原審及び当審における同被控訴人尋問の結果によれば、それは本件建物に居住しているキクの家族の明渡期限を、キクの希望によって約三箇月後の昭和四四年四月末まで猶予したことによるものと認められるから、右価額の点は、同被控訴人が本件土地建物をキクの所有であると信じたとの右認定を左右するものではなく、他に右価額が不当に安かったことを認めるに足りる的確な証拠はない。

してみれば、被控訴人二葉は、善意の第三者であると認められるから、本件土地建物は、右売買によって同被控訴人の所有に帰したものというべきであり、被控訴金庫が本件土地について昭和四四年二月一〇日被控訴人二葉との間に抵当権設定契約を締結したことは、成立に争いのない乙第三号証と原審における被控訴人二葉尋問の結果により認められるから、冒頭に認定した被控訴人二葉の本件土地建物に対する所有権移転登記と被控訴金庫の本件土地に対する抵当権設定登記は、いずれも有効である。

そして、控訴人両名が昭和四四年三月一日以前から本件建物に居住してこれを占有していることは、当事者間に争いがなく、控訴人一雄がその所有権を主張しえないことは、前認定のとおりであり、控訴人らの右占有につき他に正当な権原があることについては、なんらの主張、立証もない。そして、右建物の資料が少なくとも一箇月三万円を下らないことは、当審における被控訴人二葉尋問の結果と弁論の全趣旨により認められるから、控訴人両名は、該占有により同額の損害を与えたものというべきである。

三、最後に、控訴人ら主張の信義則違反ないし権利濫用の抗弁について判断するに、原審及び当審における被控訴人二葉尋問の結果によれば、同被控訴人は、キクから本件土地建物を買受けるとき、本件建物にキクの夫や子供が居住していることを知ってはいたが、本件土地建物がキクの所有であると信じていたので事前に控訴人一雄と交渉をしなかったにすぎないこと、同被控訴人は、その所有家屋をキクに対し売却したが、キクがそこへ家族とともに移るものと考えていたこと、同被控訴人は自己使用の必要から本件土地建物を買受けたものであること、他面、控訴人一雄とキクは、現在も、夫婦関係を継続し、本件建物で同居していることが認められる。これらの事実と弁論の全趣旨に顕われた事情からすれば、同被控訴人の右買受ないし本訴請求に信義則違反ないしは権利濫用の点は見当らないから、この抗弁も採用に値しない。

四、以上説示したところによれば、控訴人らに対し本件建物の明渡しと昭和四四年三月一日以降明渡済に至るまで各自一箇月三万円の賃料相当損害金の支払いをなすべきことを求める被控訴人二葉の本訴請求は、正当であるが、被控訴人二葉に対し本件土地建物の所有権確認と冒頭認定の所有権移転登記の抹消登記手続を、被控訴金庫に対し右土地所有権の確認と右抹消登記手続に対する承諾を求める控訴人一雄の請求は、すべて失当というべきである。

よって、これと結論を同じくする原判決は、結局正当に帰し、本件控訴は理由がないから棄却すべきものとし、民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 福間佐昭 宍戸清七)

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